2011年1月31日アーカイブ

1月17、18日、NHK・BSの番組(クラッシックミステリー 名曲探偵アマデウス)でヴェルディーのレクイエムが取り上げられた。曲の特徴、成り立ちなど曲を聞きながら専門家に解説してもらう番組だ。
今回の演奏は、チョン・ミョンフン指揮NHK交響楽団、二期会合唱団、そして、テノール:佐野成宏、バリトン:直野 資、ソプラノ:中村智子、メゾ:西 明美という布陣だ。
この番組からナレーションの部分を拾ってみたのでご紹介したい。

◆第1曲 主よ、永遠の安息を彼等に与え給え。
 ヴェルディーは第1曲において人が神に召される情景をおごそかに表現した。

(玉川音大 野本由紀夫氏)最後は「キリストよ 憐れみ給え」という言葉で終わるが歌の部分に全員 morendo と書いてある。まさに「死に絶えて行くように」ということだ。その中でヴァイオリンの音が、上に上がって行く(楽譜 31頁 138~139小節)、これは昇天を意味しているのではないか。

◆そして第2曲の「怒りの日」 世界が灰に帰す日 
 ここで描かれているのは人が神に裁かれる最後の審判の情景。ヴェルディーは神の威厳を 示す激しい怒りを100人以上のコーラスの絶叫で表現した。

(野本氏)第1曲とは様変わり、先ず音の強さがフォルテッシモでしかも速さが Allegro agitato (焦るようなテンポで)とされている。
合唱団をおおよそ2群に分けている。一つはソの音を絶叫するかのように延ばす。他の一つは4分音符で、同時にやると音がぶつかり、人々の恐怖心をあおるかのようなうねるような音楽になっている。
オケも同様だ。ソと、そして半音階でぶつかる2種類だけをやっている。オケと合唱は究極のユニゾンになっており、この部分は恐怖の度合いが増幅されている。

◆聴くものの魂を揺さぶる壮絶な仕掛けが施されている。怒涛のごとく迫り来る激しさ、
 そこにはヴェルディーの巧みなオーケストレーションが秘められている。

(野本氏)「怒りの日」は、オケの使い方が実に見事だ。最初ト短調の主和音(ソシ♭レ)が4回打ち鳴らせられるが、突然フォルテッシモで鳴らされるので天変地異が起きたかのような印象を与えている。その後の金管がなかなか刺激的だ。トランペット、トロンボーンの上行で地から這い上がろうとする感じを与えている。
主和音×4 → 金管楽器の上行 → 絶叫コーラス
絶叫の合唱に続いて弦楽器全員が一挙に3オクターブを駆け下りるかのように演奏をする、これは、地獄落ちを象徴しているかのようだ。
絶叫コーラス → 弦楽器の急下降 → 主和音×4
この主和音×4は1回目とは異なり、大太鼓が裏打ちで入ってくる。しかもフォルテ4個が指定されている。また、「裏打ちが最強の音で出るように皮を強く張る」とヴェルディーの注意書きがある。

(N響打楽器奏者植松 透氏)非常に強い音だ。合唱団+オケの200人以上の規模のエネルギーを超えるような音を独りでださなければならない、身体中の血が逆流する位の力が必要だ。音楽的というより人間とか自然とか、その中でものすごく強いエネルギー、マクシマムな感情をそこに裏拍に込められているように感じる。

◆ヴェルディーは、凄まじいオーケストレーションによって単なる恐怖を超えた全身を揺さ ぶるような音楽を創り上げた。レクイエムに描かれた人生最後の瞬間、オペラ作曲家とし て名高いヴェルディーは楽曲のいたるところでオペラの手法を用い、人生のクライマック スをドラマチックに表現している。

(野本氏)第1曲ではソリストが宗教曲とは思えないほどドラマチックに登場する。テノール、バリトン、ソプラノ、メゾの順で登場するのは、いかにもオペラ的、ヴェルディーならではの歌の効果的な使い方であり、歌を知り尽くした人の手法だ。

◆オペラ的手法は間の取り方にも表れている。

(野本氏)第2曲から「人間が審判官に答えるために」mors stupebit (バス)では、オケにも間がある。間のあるオケに続いて出てくる言葉は、"Mors"(死)。この時オケは誰も演奏していない。バスが際出させて歌う。"Mors" が歌ではなく、台詞のように聞こえる。この間と台詞は、オペラ作家ならではの演劇的演出だ。

◆ヴェルディーはコーラスにある技法を用い、楽曲に奥行きをもたらした。

(野本氏)Sanctus は二重合唱になっている。I,II それぞれがフーガになっている。I,II がそれぞれ独自のフーガをやっていて、二重のフーガになっている。二重フーガにより音楽が多層的かつ広がりのあるものになっている。

◆ヴェルディーは様々な技法を駆使し、人生最後の瞬間である死をドラマチックに描き出し た。レクイエムは、予め定められた教会の典礼によって作られる。たとえば、モーツァル ト、フォーレのレクイエムは、「怒りの日」は1回しか登場しない。ところがヴェルディ  ーは4回も。
 絶叫と共によみがえる、その激しい旋律にはヴェルディーの強い想いが込められている。 ヴェルディーはこの曲にどんな想いを込めたのか。
 そもそもヴェルディーがレクイエムを作曲したのは、最も尊敬していた詩人、マンゾーニ の死がきっかけだった。リアルな人間の感情を描き、人生の意味を問い続けたマンゾーニ。

(昭和音大・小畑恒夫氏)ヴェルディーはマンゾーニの作品に人間の本質を見出している。人それぞれが皆心を持っている。そしてイタリア人の感情は、そのように動くものだという真実の姿がその中にある。何を尊敬しているかと言うと、創造者として真実の物を創ることができるか、ということだ。

◆偉大な先人を失ったヴェルディーは悲嘆に暮れ、こう言ったという。「何もかも終わりだ。 最も神聖で気高いものが終わってしまった。」
 避けることの出来ない死という運命、絶望の縁でヴェルディーはマンゾーニにレクイエム を捧げることを決心した。

(小畑氏)いつか、如何に偉大な知性でも、それが無くなってしまうということへの非常な怖れと無常観を感じた時の人間の赤裸々な気持ち、本当の魂を表現しようとした。

◆1874年、レクイエムを発表、悲しみを嘆く、怖れと憐れみ、そこには死を迎えた人間の  あらゆる感情が描かれている。その中で、何故ヴェルディーは「怒りの日」を繰り返し    たのか。
  その理由を指揮者のチョン・ミョンフンは「肉体的、感情的、精神的な苦闘、ヴェルディ  ーは、怒りの日を4回演奏することにより、過酷な運命と闘うことの重要さを描いた。   運命の力によって私たちは打ちひしがれる運命に贖うのは非常に困難だが、その運命と闘  い続けるのが人生だと言う思いが曲に込められたメッセージなのだと思う」と述べている。

◆いのちある限り運命への力に立ち向かう、「怒りの日」にはヴェルディーの魂の叫びが刻 まれている。

◆最終章、第7曲でヴェルディーは、人々が永遠の安息を願う情景をコーラスのみで表現 した。

(チョン・ミョンフン氏)この曲には、人間の声でしか表現できない色合いがある。人間の魂の純粋さが伝わってくる。教会のミサに行けば祈りの音場を聞くことが出来る。祈りの言葉には強いメッセージがあるが、音楽と結びつくことで言葉の意味がより響いてくる。
◆ヴェルディーの音楽はいつも私の心にある。人生とは何か、人生の最後に何を達成したい のか、レクイエムには、人間の感情や苦悩、人生の全てが描かれている。

湘南フィルハーモニー合唱団
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