演奏会を終えて

  もう二昔以上前、ある人が「これ聴いてみて」とレコードを貸してくれた。針を落としたその冒頭の美しさに一遍で魅せられた。それが「詩篇第42番」との出会いである。
 そしてあの時、トリフォニーにその前奏の響きを本当に感慨深く聴いた。続くアルトの出が美しかったこと。何とも言えない幸福な瞬間だった。

 演奏会が終わってもう3週間になる。日常でない至福の時間は遠い昔のような感覚だが記憶に残ることを少し書いてみた。
 音楽的なことはマエストロはじめご指導の先生方からお話を伺う限り、また聴いて頂いた友人知人の感想、会場アンケートなど概ね好評のようだ。ただ少数ながらも辛口の批評や歌った側としての各人の反省もあるはず。「ヨカッター」で終わらせてはいけない所をこれからの練習と演奏に生かしていきたいものだ。

感じたことを二つ。楽に出る音域で音程が下がる点。これは練習中からソプラノパートが指摘されることが多かったけれど、単に1パートだけの問題ではなく、各パート共通のこととして修正する方法を考えよう。技術訂なことが原因ならば先生方の指導に従い、気のゆるみ緊張感の欠如ならば各人の自覚を促したい。

またブラームス3番のフーガの乱れは最大の危機だったと思う、アンケートでも何人かの方に指摘されているように「楽譜かじりつきで顔が上がらない」の対処として、誰でも出来るはずの楽譜と指揮が同時に見える楽譜の持ち方を普段の練習から心がける。そのくらいの努力ができないならば「湘フィルで合唱はやるな!」と言い切るほどの団としての強い意志が必要だろう。第一、背中を丸めてかがみこんでいる姿は歌を歌う姿勢ではない。
指揮を見ているのに「走る」あるいは「遅れる」の治療法は繰り返しテンポ感を身につけるしかないのだろうか。

運営面は大過なく行った。前回「パウロ」に比べ時間的な余裕があったのが非常に有難い点だったが、陰で地道な努力をして頂いた役員の方、お手伝いの方々に本当に感謝です。ありがとうございました。

  最後に私だけの思いかも知れないが、レクイエムや受難曲の演奏後に間髪を入れず叫ばれる「ブラボー!」や拍手はあまり嬉しくない。ほんの数秒でいい、演奏者と客席が感動を共有する静寂が欲しい。終曲の「Selig」に祈りを込めて歌った後だっただけに...。                                                                                                      鈴木愼吾 

 

湘南フィルハーモニー合唱団
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