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演奏会を終えて

|巻頭コラム|2015年4月より

  もう二昔以上前、ある人が「これ聴いてみて」とレコードを貸してくれた。針を落としたその冒頭の美しさに一遍で魅せられた。それが「詩篇第42番」との出会いである。
 そしてあの時、トリフォニーにその前奏の響きを本当に感慨深く聴いた。続くアルトの出が美しかったこと。何とも言えない幸福な瞬間だった。

 演奏会が終わってもう3週間になる。日常でない至福の時間は遠い昔のような感覚だが記憶に残ることを少し書いてみた。
 音楽的なことはマエストロはじめご指導の先生方からお話を伺う限り、また聴いて頂いた友人知人の感想、会場アンケートなど概ね好評のようだ。ただ少数ながらも辛口の批評や歌った側としての各人の反省もあるはず。「ヨカッター」で終わらせてはいけない所をこれからの練習と演奏に生かしていきたいものだ。

感じたことを二つ。楽に出る音域で音程が下がる点。これは練習中からソプラノパートが指摘されることが多かったけれど、単に1パートだけの問題ではなく、各パート共通のこととして修正する方法を考えよう。技術訂なことが原因ならば先生方の指導に従い、気のゆるみ緊張感の欠如ならば各人の自覚を促したい。

またブラームス3番のフーガの乱れは最大の危機だったと思う、アンケートでも何人かの方に指摘されているように「楽譜かじりつきで顔が上がらない」の対処として、誰でも出来るはずの楽譜と指揮が同時に見える楽譜の持ち方を普段の練習から心がける。そのくらいの努力ができないならば「湘フィルで合唱はやるな!」と言い切るほどの団としての強い意志が必要だろう。第一、背中を丸めてかがみこんでいる姿は歌を歌う姿勢ではない。
指揮を見ているのに「走る」あるいは「遅れる」の治療法は繰り返しテンポ感を身につけるしかないのだろうか。

運営面は大過なく行った。前回「パウロ」に比べ時間的な余裕があったのが非常に有難い点だったが、陰で地道な努力をして頂いた役員の方、お手伝いの方々に本当に感謝です。ありがとうございました。

  最後に私だけの思いかも知れないが、レクイエムや受難曲の演奏後に間髪を入れず叫ばれる「ブラボー!」や拍手はあまり嬉しくない。ほんの数秒でいい、演奏者と客席が感動を共有する静寂が欲しい。終曲の「Selig」に祈りを込めて歌った後だっただけに...。                                                                                                      鈴木愼吾 

 

 

 神奈川県立音楽堂は今年開館60年を迎えた。戦後の混乱がようやく収まりかけた昭和29年。演奏会場と言えば、東京でさえ日比谷公会堂くらいしか無かった当時の神奈川県に近代的な音楽ホールが作られたのは、いま考えると奇跡みたいなことだ。
 この音楽堂で開かれた国内外の名演奏家によるコンサートによって、どれほど沢山の音楽ファンが生まれ育てられたことだろう。そして間もなく始まった神奈川県合唱祭、このステージに立つことは合唱人の誇りであり憧れだった。

 そんな音楽堂の歴史とも重なる合唱祭も57回目を迎え、湘南フィルは今年もそこに参加することが出来た。いつもの梅雨の時期ながら6月29日のその日は晴天。強い日差しに汗を掻きつつ紅葉坂を登った方も多かったろう。
いつもの市従会館よりは多少狭いながら、連盟のご厚意でお借りできた練習会場の婦人会館は音楽堂の目の前。服部先生の指導で練習も滞りなく終わり本番会場へ。
 今回はブロック途中での出演とあって落ち着かない気持ちで客席に座る。Cブロックの始めは桑原妙子先生コーナー。少年少女合唱団やマルベリーの皆さんの素敵な合唱を聴かせて頂いた後、少人数ずつ出演待機場所のロビーへ向かう。ロビーでの待ち時間は少々長いように感じた。舞台裏の狭いことは致し方ないことだが、多人数団体は客席から直接舞台へ上がるなど考慮していただけたら有難いことだ。

 演奏については、この「通信」にも「講評」と他団体からの「わくわくメッセージ」を載せたのでお読み頂きたい。合唱祭の講評だから少々割り引いて読んで頂くとしても、講師の先生方には好感を以て聴いて頂けたのだと思う。翌週の7月5日、練習会場で聴いた録音のひどさ、と言うよりラジカセの再生音のひどさと言った方がいいだろうか。服部先生がおっしゃるように、あれを聴いて落胆することはない、あの音が会場で鳴っていた音では決してない。
 しかし、だからと言って安心していい訳ではなく、音程の届かなかったところ、やや乱暴に聴こえる歌い方や子音の立たないことなど。ひとり一人が反省しつつ今後の練習に生かしていきたい。
合唱祭への参加は、同じ趣味を持つ仲間に湘フィルの存在をPRする場であり、たとえ一曲だけであってもホールの響きを体感する機会でもある。その意味で今回の参加が104名と団員の3分の2に止まったのは残念なことだった。                               

 最後に毎年、この合唱祭のため、献身的に運営に携わって下さるボランティアの方々に心から感謝したいと思う。                                        (団長) 鈴木愼吾

『聖パウロ』演奏会を終えて

|巻頭コラム|2012年10月号より

  いつの間にか秋が深まっていました。恒例?の雨で終ったオケ合わせ。恒例でなかったのは  オケ合わせ後のマエストロの言葉 「良かったよ、みんなきのうと何を変えたの?」と。
明るい気分で迎えた「すみだ」の秋日和でした。                                    ゲネプロが時間通り始められたのもお手伝い頂いた方と、役員の奮闘のお陰、             そして演奏が好評だったのは100%マエストロと指導者の先生方のお陰と               改めて感謝申し上げます。

 今期、「今年の湘フィルは変!」との声も上がりました。でも私は今年に限らない湘フィルの悪癖、松村先生から就任以来言われ続けている課題を今年も抱えていたのだと考えています。
「一回目に出来なくて、やり直すと出来るのは何故?最初から本気でどうして歌わないのか」
ここ数年、なんとか演奏会で好評を得てきたのは、本番での「本気」を引き出してくれる指揮者    の力によるものだったと考えられます。

 それが今年のオケ合わせ2日目では、ちょっと違っていたようです。マエストロから「良かったよ!  みんなきのうと何を変えたの?」と聞かれ、私は咄嗟に「気合!」と答えたのですが、これは「本気度」といった方が良かったかもしれません。

 本番の好評の理由に「すみだ」の音響の良さを第一に挙げる人がいます。確かにホールの音響はとても良かった、マエストロが「また、あのホールで」と言われるのにも全く同感です。         しかし音響が良いのが全てではなく、その「音源」が、18日のオケ合わせから変わったからだと      思うのです。何かが変わった!みんなの「本気」が何かを変えたのです。


 「本気」とは、練習で積み重ねてきたこと、ヴォイストレーニングで身に付けたことを基本に、      心を込めて自分自身から溢れる歌を歌うことです。
さあ今から、譜読みの時から様子見ではなく、本気で歌いませんか、譜読みで本気で間違える、  それを本気で直そうとすれば、あなたは次回からきっとそこの個所が身に付いています。       湘フィルは、そして音楽は「本気」が命です。 
                                                   鈴木 愼吾

湘南フィルハーモニー合唱団
公式サイト

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