コラールの奥深さ

1月7日(土)バッハ マタイ受難曲 46・45b・54番 磯子公会堂

 2023年になった。10月の演奏会に向けて湘フィルバッハイヤーの幕開けだ。初練習はコラールから。フレーズごとに区切り、徹底した練習をする。細かくやってくださってうれしい、と言っている人が何人もいた。
 今日はコラールに関する詳細な話が聞けて、とても興味深かった。ソプラノのメロディだけ決まっていてそこに和声をつけていくことをソプラノ課題というそうだが、バッハがコラールでいかに多彩で斬新な和声をつけたかを、先生の学生時代や最近の作曲家の話を交えて話してくださった。46番は出だしから不安定な和声だが、4小節以降安定してくる、そこを感じてほしい、とも言われた。なんだかどんどん耳が開かれて4声が急に聴こえてくる気がした。
 46番では、ベースの下降音階が神を象徴するDの音から始まり、イエスキリストが地上に降りてきたことを音型で表現している、という話もおもしろかった。しかもそれは「正しい人である主」という歌詞とも符合しているのだ。そんな話を聞いていると、例えば46番と3番などの、同じ主旋律のわずかな違いが気になり、どんな意味があるのかと思ったりする。
 和声や音型にさまざまな意味を持たせ、人間の良心や罪悪感を歌うコラール。掘っても掘っても尽きない宝が隠されているようだ。楽譜をよく見ていろんな宝物を探してみたくなる。そして、先生が言われたように、モダンな和声(モダンという言葉がやや古めかしかったが…)を意識しながら1音1音大切に歌いたい。3DM

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