求めてする練習

ブラームスの「運命の歌」はさらさらと旋律が流れていくような曲ではないので、音をとるのが難しいのかもしれない。自主練習もやっているはずなのに、いざ歌ってみると、ぐじゃっとした輪郭のはっきりしない音ばかり・・。マエストロがひとパートずつ数小節ずつ、手取り足取り、辛抱強く音取りをしてくださるのだが、う~む、こうやって作られた音の重なりが、本当に音楽になるのだろうか?自分から求めていない練習は身につかないといいます。どんなにすばらしいところに旅行に行ったとしても、自分で興味を持って眺めなければ、どこもみな同じ景色。音取りとはいえ、初めてこの曲に接して声を出すのだから、新鮮な発見がたくさんあっていいはずですよね。ブラームス独特の重さや暗さ、その中に秘められたもの・・・自分から探しに行けば、和音ひとつにも感じるものがあって、練習が楽しくなってくるんじゃないかなぁと思います。もう一歩前に踏み出すだけで景色は変わる。

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